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佐賀地方裁判所唐津支部 昭和41年(ワ)85号 判決 1968年3月27日

原告

金丸惣平

被告

和田幸輝

ほか一名

主文

被告らは、原告に対し各自金八万五、一六一円およびこれに対する昭和四一年一二月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

被告らが各自金二万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、双方の申立

(原告)

「被告等は、原告に対し、各自金一〇一万三、六四一円およびこれに対する昭和四一年一二月三〇日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

(被告等)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに仮執行免脱宣言

第二、請求原因

一、(事故の発生)

被告和田幸輝(以下被告和田という)は、昭和四一年三月一二日午後零時五分頃公安委員会が自動車の最高速度を時速四〇粁に制限した佐賀県松浦郡浜玉町四区一、一七三番地の一坂井祥吉方前附近国道において、普通乗用自動車(以下被告車という)を運転して、福岡市方面から唐津市方面に向け進行中、前方を同方向に進行中の原告運転の自転車(以下原告車という)が、道路左側に停車していた軽四輪自動車の後方より同車の右側に出て右折を開始した際、原告車に衝突し、そのため原告は頭部打撲、頭蓋骨々折、右肩打撲、右小指裂創の傷害を負つた。

二、(被告らの責任)

(1)  被告和田(民法七〇九条)

被告和田は本件事故現場に差しかかつた際、原告車を左前方約六〇米の地点に認め、且つ原告車がその前方に停車中の前記軽自動車の右側に進出することを予想し得たので、原告車の進行状況を注意し、前記制限速度を厳守して進行すべきであつたにも拘らず、これを怠り、漫然時速五〇粁以上の高速度で進行し、原告が右停車中の自動車の後方より右手を横に出して右折の合図をし乍ら同車の右側に出、更に右斜前方の横道に向つて右折を開始したのを約一一米に接近して初めて発見した過失により、急停車の措置を講じたが及ばず、被告車左前部を原告車の後部に衝突させ、本件事故を起こしたものである。

(2)  被告株式会社国際タクシー(以下被告会社という)(自賠法三条、民法七一五条)

本件事故は、被告会社の使用している被告和田が被告会社の自動車運送の事業の執行のために被告会社所有の被告車を運行中に惹起させたものである。

三、(損害)

(1)  入院治療費合計二二万九、二二三円及び付添費四万四、八〇〇円

原告は、本件事故発生後昭和四一年六月一九日までの一〇〇日間酒井医院に入院し、同月二五日より同年一一月一一日まで同医院で通院治療を受け、同医院に二二万三、三五四円を支払い、同年一二月一九日福岡中央病院で診療を受け五、八六九円を支払つた。また右入院期間中五六日間付添看護を受けたがその付添費は一日八〇〇円であつたから右期間の付添費として四万四、八〇〇円を支払つた。

(2)  入院中の得べかりし利益の喪失六万〇、三〇〇円

原告は本件事故当時養鶏業を営み、一日平均六〇三円の純利益を得ていたが、前記入院期間(一〇〇日)中やむをえず、右事業を中止したことによる損失。

(3)  将来の逸失利益六六万二、九三八円

原告は本件事故により、頭部打撲に基く外傷性神経症の後遺症のため労働能力を七〇パーセント喪失した。

原告は退院当時満六六才で、余命一一年であり、その内稼働可能年数は五年である。

原告の養鶏業による一年間の平均純利益は二一万七、〇〇〇円であるから、原告は右五年間に亘り、一年金二一万七、〇〇〇円の七〇パーセントに当る一五万一、九〇〇円の割合による得べかりし利益を喪失したものというべく、現在これを一時に請求するものとして複式ホフマン式計算により算出したもの。

(4)  養鶏三〇〇羽の処分による損失七万二、〇〇〇円

原告は本件事故当時三〇〇羽の鶏を飼つていたが、入院のため一羽四〇〇円相当の鶏を食肉用として其の四〇パーセントの価額で売却するのやむなきに至り、右売却により其の差額に相当する七万二、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(5)  旅費五、三八〇円

本件事故により原告が生命危篤状態に陥つたため、神戸市在住の次男恒博を前記酒井医院に呼び寄せたことによる同人の汽車賃往復三、七八〇円及び特急料金往復一、六〇〇円の合計金。

(6)  物損九、〇〇〇円

本件事故により、原告所有の眼鏡(一、〇〇〇円)及び自転車(八、〇〇〇円)を破損され使用不能となつたのでその価額に相当する損害金。

(7)  慰謝料二五万円

原告は本件事故により約一〇日間意識不明の状態が続き、生命危篤に陥り、後遺症のため、養鶏業は勿論、日常楽しんでいた園芸、熱帯果樹栽培も出来なくなる等、原告の蒙つた精神的苦痛は甚大である。

四、(損害のてん補)

自賠法による責任保険金として三〇万円、被告等から見舞金として二万円を各受領し、原告の賠償請求権に充当した。

五、(本訴請求)

前記損害金の残額一〇一万三、六四一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年一二月三〇日から支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する答弁

(被告会社)

一、請求原因一、同二(2)及び同四の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(被告和田)

一、請求原因一、同二(2)及び同四は認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件事故は原告の一方的な過失に基くものである。被告利田は進路前方約六〇米の地点に原告車を認めた際、原告車は道路左側を直進していたので、これを追越すべく道路中央線に寄つて接近中、原告が何ら合図もせず、又後方も確認せず、突如右折を始めたため、被告和田はハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたが間に合わなかつたものである。

第四、抗弁

(被告和田)

一、仮に本件事故について被告和田に過失があつたとすれば、原告にも前記過失があるから、損害賠償額の算定について右過失が斟酌されるべきである。

(被告会社)

一、被告会社は昭和四一年六月二日原告と次のような示談契約を締結した。

(1) 原告の休業補償と附添料及び入院治療費は自賠法の責任保険金の請求による。

(2) 本件事故による損害については右条件によつて一切円満解決し、如何なる事情が生じても訴訟等一切しないこと。

そして原告は、右責任保険金として三〇万円を受領したから、原告の損害賠償債権は右示談契約により消滅している。

二、仮に右抗弁が認められないとしても、本件事故は原告の重大な過失に基くものである。即ち本件事故現場は比較的交通量の多い道路であるから原告は右折横断を開始するに先立ち、十分後方を確認し、後続車に右折の合図をする等適切な措置をとるべき注意義務があるにも拘らず、原告は、後方より自動車が来つつあることを知つていながら、全く斯る措置をとらなかつたもので、原告の右過失は被告和田の過失と対比して大であり、本件損害額の算定にあたり斟酌すべきである。

第五、抗弁に対する答弁

被告会社の抗弁事実は全部否認する。

第六、再抗弁

(1)  被告主張の本件示談契約は、原告が被告会社代表者代理人と通謀の上、示談契約をしたかのように仮装した虚偽表示によるものであるから無効である。

(2)  仮にしからずとしても、原告は後遺症を予知せずに、本件示談を結んだのであるが、その後、前記後遺症が生じたから右示談は、その重要な部分に右のような錯誤があり無効である。

第七、再抗弁に対する答弁

原告主張の再抗弁事実は否認する。

第八、証拠関係〔略〕

理由

一、請求原因第一項(本件事故の発生)及び第二項の(2)(本件事故が被告会社の事業の執行のための被告車の運行によつて生じたこと、被告等間の雇傭関係)は当事者間に争いがない。

二、(被告会社の自賠法三条に基く責任)

よつて被告会社は、自賠法三条規定に基き、本件事故によつて原告が受けた身体傷害による後記損害を賠償すべき義務がある。

三、(被告和田の責任及び被告会社の民法七一五条に基く責任)

本件事故につき被告和田に過失が存したか否かを判断する。〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。即ち、被告和田は被告車を運転して、時速約五〇粁の速度で進行し、本件事故現場(道幅約一一米、歩車道の区別なし)に差しかかつた際、左前方約六〇米、道路左端から一米以内の箇所((イ)点と略称する)を同方向に進行中の原告車を認めたが、原告車はそのまま直進するものと速断し、これを追い越すべく、道路中央線よりに同一速度で進行した。原告車は右(イ)点より、同点の約一八米前方道路左端に駐車していた軽四輪自動車(その右端は道路左端より一、八〇米)の後部附近の道路左端から約三米の地点((ロ)点と略称する)に至る迄、緩いカーブを描いて道路中央によりつつ進行を続けた。被告和田はその後方二〇乃至二五米に接近した時原告車の右状況に気づいたが、これは原告が前記駐車中の軽四輪車の右側を通過するための運動であらうと速断し、前記速度と進路を維持したため、原告車が右(ロ)点に達した時、その後方約一一米で道路中央線に近い箇所を時速約五〇粁で進行していた。原告車は後方の安全を確認することもせず、又合図もなく(ロ)点から急カーブで右折を始めた。これを認めた被告は危険を感じて突嗟にハンドルを右に切り、急停車の措置をとつて事故を避けようとしたが間に合わず、道路左端から約四、八五米の地点で原告車の後部に被告車の左前バンパーが接触し、本件事故が起きたことが認められ、右認定に反する甲第一九号証記載の一部、原告本人尋問の結果の一部は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実関係及び当事者間に争のない本件事故現場における自動車の最高速度が時速四〇粁に制限されている事実からすると、被告和田としては、右制限速度を厳守すべきは勿論のこと、特に、原告車が(イ)点から(ロ)点にかけて道路中央によつてくる状況に鑑み、これを只前記駐車中の軽四輪車の右側通過のためのみの運動であると速断することなく、適宜、制限速度より更に減速したり、或は、警音器を吹鳴して自車の接近を知らせたりして進行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があると認められる。

従つて被告にはこれを怠つた過失があり、これによつて本件事故を惹起したものといわなければならない。

よつて被告和田は、民法七〇九条に基き、本件事故によつて原告の蒙つた後記損害を、被告会社は民法七一五条に基き原告の受けた後記物的損傷による損害を夫々賠償する義務がある。

四、(示談契約の成否および効力についての判断)

〔証拠略〕を総合すると、原告と被告会社代理人木村実間に、昭和四一年六月中、被告会社主張のような内容の記載された示談書(乙第二号証)が作成され、原告がこれに署名押印したことが認められるから、被告会社の主張する示談契約が成立したものと断ぜざるを得ない。

然し乍ら、右各証拠を総合すると、右示談書が作成されるに至つたのは、被告和田の刑事上の責任に関して有利を図るべく、検察庁に提出するだけの目的で、前記木村実が原告に頼んで右示談書に署名押印して貰つたものであり、示談金額も後日改めて交渉の上決定すべく合意がなされていたものであることが認められるから、本件示談契約は虚偽表示によるもので無効であることは明白である。

五、よつて損害の点について判断する。

(1)  入院治療費合計二二万九、二二三円及び付添費四万四、八〇〇円

〔証拠略〕によつて真正に成立したものと認められる甲第五乃至七号証、証人金丸歳麿の証言(第一回)により、原告主張の通り認める。

(2)  入院中の得べかりし利益の喪失六万〇、三〇〇円

〔証拠略〕を総合して認める。

(3)  将来の逸出利益二一万七、〇〇〇円

右(2)掲記の証拠を総合すれば原告の養鶏業による一年間の純利益は、その主張の通り二一万七、〇〇〇円と認められるところ、〔証拠略〕によれば、原告は本件事故による外傷性神経症の後遺症のため退院の日より一年間は養鶏業に従事することが困難と推認され、原告本人尋問の結果によれば、原告は右退院当時満六六才で、事故前は健康であつたことが認められ、第一〇回生命表によれば満六六才の健康男子の余命は一一年であることが明らかであるから、原告もなお一一年間生存し、優に右一年間養鶏業に従事しえたものと、認むべきであるから、原告は右一年間に二一万七、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失したものと認める。

然し、右一年を超えて生涯に亘つて右後遺症があり、ために養鶏業に従事できない旨の主張については、これを認めるに足る証拠はない。この点に関する証人金丸歳麿(第一回)の証言及び原告本人尋問の結果は、証人酒井修の証言に対比すると、たやすく措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて右証人酒井修の証言によれば、前記後遺症は退院後一年間で治ゆしたものと推認される。

従つて原告の労働能力の減退による得べかりし利益の喪失による損害賠償請求中、前記一年分を超える部分は、爾余の点の判断をまつまでもなく失当である。

(4)  養鶏三〇〇羽の処分に基く損失

養鶏三〇〇羽は、本件事故がなかつたとしても、いずれ養鶏業を廃業する時が立至る筈であり、その時には早晩処分をしなければならないのであるし、又〔証拠略〕により、前記(3)の純利益を算出するにあたり、当然右損失は考慮さけているものといわなければならないから、結局、これと重複することになるのでこれが請求は失当である。

(5)  旅費

原告は神戸市在住の次男恒博の酒井医院までの往復旅費合計金五、三八〇円を原告の損害として主張するが、〔証拠略〕によれば、右金員は原告と生計を共にしない恒博自身が支出したものであつて、原告が支払つたものでないことが認められるから、原告の損害とは認められず、右主張は失当である。

(6)  物損九、〇〇〇円

〔証拠略〕を総合すれば原告は本件事故によつて眼鏡及び自転車を破損され使用不能となつたので、原告は新しく眼鏡を一、〇〇〇円で購入するのやむなきに至り、又自転車の事故当時の時価は八、〇〇〇円であつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。従つて、原告は合計九、〇〇〇円の損害を受けたこととなる。

(7)  慰謝料二五万円

既述した原告の年令、職業、事故による負傷の程度、その治療期間、後遺症その他諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故によつて蒙つた精神的損害に対しては、二五万円の慰謝料をもつて相当と認める。

六、過失相殺(二分の一)

原告は道路左側を進行中、右折を開始するに先き立ち、十分後方の安全を確認し、早くから右折の合図をすべきであるのに、これを怠り、その右後方約一一米の地点を時速約五〇粁の高速で迫つてくる被告車があるのに、殆ど急に、その進路上に進出して右折を開始したものであること、前記三認定のとおりで、右は原告の重大な過失であり、右過失が被告和田の過失と相まつて本件事故をひき起したものと認められるから、損害賠償額の算定について、これを斟酌するを相当とすべきところ、その斟酌の度合は被告和田の過失と五分五分と認めるのが相当である。

そこで原告の前記損害の合計金八一万〇、三二三円の二分の一である四〇万五、一六一円(以下切捨て)が被告等の賠償すべき金額である。

七、(損害のてん補)

原告が自賠法による責任保険金として三〇万円、被告等から見舞金として二万円を各受領し、原告の賠償請求権に充当したことは当事者間に争いがない。

八、(結論)

よつて、被告等は不真正連帯債務の関係で各自原告に対し、四〇万五、一六一円から損害てん補額三二万円を差引いた八万五、一六一円とこれに対する訴状送達日の翌日たること記録上明らかな昭和四一年一二月三〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきであるから、原告の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言および仮執行免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田安雄 池田久次 斎藤精一)

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